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dream50 りゃん父ドリやま日記

2012/08/18 第103回・・・・・Dトラ子号とBMWで行く、お盆の被災地、南三陸・神割崎

いよいよお盆に入って、ワダスも15日、16日、17日と休みをいただき、毎日ごろごろしております。
・・・・って、去年とすっかり同じ日に休みをもらっているなんて、ほんと偶然。

ところで、毎日ごろごろしているのは、単にやる気がなくてごろごろしているのではなく、先週から腰痛のため、動くとしんどいので、一応安静にしているわけです。
腰痛の原因になったのは、先週土曜にドリやま号とDトラ子号を2台いっぺんに磨いて、ずっとしゃがんだ姿勢のまま作業をしていて、立ち上がった途端、「ギクリ!(゜△*)」となって、以来、バンテリンとサロンパスとバファリンのお世話になっておりました。

で、1週間がたち、自覚症状としては痛みも弱まってきたので、お盆恒例のツーリングにでも行ってみっか、ということになりました。

ところがこの日は最高気温の予想は32℃。

(〃゚д゚〃;)「ジャケット着て、ヘルメットかぶっただけで、あっついじゃ〜!」

県南部や山沿いは、大気の状態が不安定のため、雷や大雨の予想。

「この暑さで去年みたいに雨に降られてカッパ着ようもんなら、まるでサウナだど!」
「そんなら、山は諦めで海さ行くしかないよわ!」
「震災後、南三陸とか行ってねーがら、行ってみるすか?」
ということで、南三陸町に行ってみることになりました。

下道では結構距離があり、国道45号線をとにかくひた走ります。
天気も心配なので、早く行って早く帰ってきたい!!

・・・そしたら、塩竃市を過ぎ松島に差し掛かったところ・・・・、
あららららら〜、渋滞だぜ!( ̄_ ̄|||)

お盆の帰省のピークは過ぎたものとばかり思っておりました。
が、さすが松島、観光客の車で数珠つなぎになっております。

「どうするぅ!?」

「・・・・・これ、あかんですわ。帰りは45号線はやめときまひょ。」( ̄_ ̄|||)

で、松島の渋滞を抜け、石巻近くまで来たら・・・・、
あららら、一気に日差しが強くなってきました!

天気の心配がなくなって手ぶらで安堵を表現するトバちゃん\(≧▽≦)丿
Тебурашка(テブラーシカ)!

今回は、前回南三陸町に行った際の通ったルート(石巻市→南三陸町→神割崎→旧北上町→石巻市に戻る)を逆に辿ることにして、石巻市の旧北上川を渡った地点から、新北上川沿いに県道197号を東に向かいました。
で、途中県道398号と合流する地点で休憩。

で、ここで新北上川の対岸を見ていて、
「もしかして、あれって・・・・。」

橋を渡って来てみたら、ああ、やっぱりそうだ。
大震災の大津波で児童や教職員84名の尊い命が失われた、石巻市立大川小学校の校舎です。
犠牲者を慰霊するために制作された母子像と献花台が設けられ、死を悼む人々が訪れています。

校舎はコンクリートの渡り廊下も飴のように曲がって崩れ落ちており、津波の破壊力の凄まじさを物語っております。
海岸から5kmも内陸に位置し、小学校自体が避難場所に指定されていたとのことで、まさかここまで津波が来ようとは想像できなかったのでしょうね。
右下の写真の校舎の後方は今は何も残っておりませんが、震災前はここに集落がありました。

津波が来る直前、児童・教職員が最終的に、裏山ではなく、移動先として目指したと言われる新北上大橋のたもと、通称「三角地帯」方面。
しかし、津波は電柱の上まで達する巨大なものだったようです。

教職員の指示を待つ間、恐怖で震える子もいたのだそうで、そのときの気持ちを思うと本当に心が張り裂けそうです。

大川小学校をお参りした後、新北上大橋を渡り再び、県道398号に戻り、岬を回りながら南三陸町を目指します。

この辺の新北上川はすでに河口というよりは両側を海に突き出た二つの岬に挟まれた湾になっており、海と言った方が正しいです。

岬の先端部、神割崎(かみわりざき)キャンプ場に到着しました。
一昨年、一昨々年も行った潮騒まつりの会場となる場所です。
レストハウスやキャンプ場は営業しているようですが・・・。

地図の「現在地」の道路を挟んだ向かい側は、本来は駐車場のはずが・・・・。

こんな場所にも、仮設住宅が建設されておりました。

本来、南三陸町はリアス式海岸特有の海の近くの平らで低く、しかも狭い土地に町の中心部がありましたが、津波で壊滅的被害を受けました。
当然、これまでの町の中心部は現時点では安全性が担保できないので、建築制限がかけられ、そうなると平らで低い土地はもともと少なかったことから、逆にこうした山や丘の上の場所に仮説住宅が建設されるわけです。

神割崎キャンプ場から町中心部に向かう途中はこんな感じの風景。
当然、かつて2回行ったウニ丼の店は流失。
高台移転のための工事や海岸・河川堤防の復旧工事が進められています。あまり写っていませんが、ダンプの数が半端ない。

さて、午後も1時半を回ったので、南三陸の町に入る前に昼食をとることにしました。

こちらは、国道45号線沿いに建つ、「珈琲神社」、略して「カフェ.G」という店。

海沿いではありますが、ちょうど国道45号線がアップダウンしているアップした方の頂上地点、海から見れば高い崖の上に立地しているので、海面からはかなりの高さがあり、すばらしい眺望。

「こんなに穏やかな海なのに、津波で町が壊滅したなんて信じられません・・・。」

「ほんとリゾート気分になっちゃうんだけど、海の中は津波で発生した瓦礫の山が堆積してて、カキとかワカメの養殖が大打撃を受けて、再生にも相当な時間かかるんでしょ。」

この店は津波の直撃は免れたのでしょうが、電気も水もない中、震災3日目から営業再開したのだとか。マスターの心意気に感激。

今回いただいたのは、スパゲティーナポリタン(700円)。

お皿の魚の絵柄がかわいい。

ナポリタンと言うよりはトマトソースのスパゲティーと言った方が相応しく、ぶつ切りのタコが意外に合って美味しい♪
フランスパンも付いてきます。
左下は一応自家焙煎の珈琲専門店なので、アイスコーヒーを注文。こちらもカップの絵柄が1個1個違って楽しめます。

さて、「カフェ.G」でゆっくりお昼を食べた後、再び走り出し、ほどなく南三陸町に到着しました。

こちらは南三陸町の防災対策庁舎。

ここも献花台が設けられ、訪れる人が後を絶ちません。

津波は、この3階建ての庁舎の屋上を2mも上回る高さまで行きました。
津波の襲来当時にいた約30人の役場職員のうち、屋上に避難してフェンスやアンテナにしがみつき、一命を取り留めたのはわずか8人という悲劇の現場なのです。

ゴールデンウイークに気仙沼大島マラソンに出るごんチチさんを応援に行く際通りかかったときは、この防災対策庁舎の海側に、公立志津川病院の建物がまだ残っていましたが、現在はすでに解体されてなくなっていました。
元の姿を知らない人が見れば、ただの草ぼうぼうの風景に見えますが、この辺り一体は本来はビルや家屋が密集した町の中心部だったのです。

震災から1年5ヶ月が経過して、だんだんとボランティアの数も減り、世の中では徐々に風化してきてしまっていますが、被災地はまだまだ復興からはほど遠いのが現実。
今回、被災地に来るのははじめなんとなく気乗りしない部分もありましたが、こうして来てみて、またしっかりと記憶を新たにして、それはそれで良かったかもです。

帰りはいつもの道の駅「もくもくランド」でトイレ休憩。

「・・・なんとなく、空が怪しくね?」

う〜む、確かに仙台方面はゲリラ豪雨でも来そうな雰囲気。
降らないうちに帰りを急ぎましょう。

さて、トバちゃんBMW号。実は石巻市に入る前から給油ランプが点灯していたのだそうで、そこから約40kmほど走ってガソリンスタンドに入りました。
それってちょっとかなり危険だと思うのですが、途中ガス欠することもなくたどり着きました。さすが、ビーエム?

一応Dトラ子号も給油。

こちらは4.3リットル入りました。

本日の行程170kmちょっと。結構上り下りがあったり、渋滞でノロノロしたり、郊外では結構ハイペースだったりしましたが、燃費はリッター40kmジャスト。
タンク容量は7リットルなので、280km行ける計算になります。

意外に行けるやんv(^c_,^*)